「ひきこもりについて」②ケースカンファ
前回ブログの続きになります。
「ひきこもりについて」https://meiekisakomentalclinic.com/blog/558/
考察
今回我々は25年間ひきこもりを続け,最終的には両下肢の壊死をきっかけにはじめて精神科治療を開始したひきこもりの症例を経験した。本症例では,本人への力動的的精神療法や合併する精神疾患に対する薬物療法を行った。一旦精神症状は改善し当院外来へ通院するようになったが,その後治療が中断してしまった。
以下にⅠ.本症例の診断,Ⅱ.本症例の治療,Ⅲ.本症例におけるひきこもりの検討,の順に考察を述べる。
Ⅰ.本症例の診断
入院時には強い抑うつ気分,意欲低下,焦燥,不安,そして明らかな希死念慮を認めており,DSM-Ⅳ-TRに基づいた診断としては,大うつ病性障害に該当した。
また入院以前から,社会的状況に対する恐怖が持続的に存在しており,またその状況へ曝露すると不安が強くなり,同時に動悸,発汗,息苦しさ,などの症状も出現していた。
これらの症状は家にいる時には認められず,社会的状況への曝露によって増悪し,DSM-Ⅳ-TRでは社交不安障害の診断基準を満たした。さらに,入院後に構造化面接であるSCID-Ⅱを施行したところ回避性パーソナリティ障害の診断を満たした。
しかし,回避性パーソナリティ障害に関しては入院時のみSCID-Ⅱを施行しており,その後外来治療が中断されたため施行していない。
なお,鑑別疾患として広汎性発達障害があげられるが,母親の記憶があいまいであるものの聴取した生育歴上では対人相互性の障害,コミュニケーション障害そしてイマジネーション障害は認めらないため広汎性発達障害は除外した。またAQ-Jも24点であり,カットオフ値(26点)以下であった。
また統合失調症や統合失調症質パーソナリティ障害も鑑別疾患として考えられる。統合失調症に関しては,これまでの経過の中で明らかな幻覚,妄想,自我意識の障害,などは認められておらず,「何か悪く言われている気がする」という被害関係念慮を認めるが確信はしていなかった。そして,症状の出現は社会的状況に暴露されている時に限定されていたため診断から除外した。また,統合失調症質パーソナリティ障害はSCID-Ⅱにて診断がつかなかった。
このように本症例はDSM-Ⅳ-TRの診断では,Ⅰ軸は大うつ病性障害,社交不安障害,Ⅱ軸は回避性パーソナリティ障害の診断を満たした。近藤らは「社会的ひきこもり」が見られたケースを対象にしてDSM-Ⅳに基づいて診断した結果,すべてのケースになんらかの診断がついたと報告している1)。
また,小山らはある地域で生活しているひきこもり事例19例のうち,気分障害を7例(37%),気分障害または不安障害10例(53%)を認めたと報告している2)。
このようにひきこもりの中には何らかの精神医学的診断がつき,さらに精神科の受診には至っていない症例が多く存在する可能性が示唆される。
Ⅱ.本症例の治療
1.薬物療法
まず,DSM-Ⅳ-TRに基づいて診断された大うつ病性障害,社交不安障害に対して薬物療法を行った。
両方の診断に対してfluvoxamine の投与を行った。fluvoxamine投与により精神症状は改善した。
ひきこもりの中には何らかの精神障害が認められている可能性が高く,来院時に認められている精神障害を薬物療法で治療することはひきこもりの再発防止に重要であると思われた。
2.患者本人への力動的精神療法
入院中に週1-2回の面接を行い,ひきこもりに至った背景を振り返った。
具体的には,患者本人からも生育歴を聞き,治療者と共に自分自身を振り返る作業を少しずつ行った。
その結果,小さい時からがまんすることが多く,自分から要求することが少なかったことが判明した。
小さい頃両親は共働きであり忙しく,また父親はわがままで何でも一人で決めてしまうため母親は意見を言うことはできず常に父親の顔色をうかがっており,母親は疲労していることが多かった。そのため本人は母親の負担にならないように,常に母親の顔色をうかがい母親が不安にならないように先回りして行動するようになった。
また,本人から自己表現することが少ないため,両親からほめられることが少なく自己評価が低い状態が続いていた。さらに,母親以外の他者との関係においても同様の対人関係を築いてしまい,友だちとの関係でも積極的に関わることが出来なかった。
つまり,今までに両親との関係で適切な2者関係を築くことができておらず,両親との間での,要求,交渉,そして折り合いをつけるという作業が行われていないために,他者との間で2者関係,3者関係を作ることができなかった。そのため本人にとってはがまんすることが多く,あきらめの連続であったと考えられる。
これまでの対人関係での失敗の連続,さらには高校で勉強がついていけなくなり大学受験を失敗してしまったころから対人恐怖が出現するようになりひきこもりが始まっている。
以上のような問題点を本人と共に確認し,治療者との間で2者関係を築く作業を開始した。面接当初は無表情に話していたが,徐々に不安そうな顔をしたり,いらいらしたり,治療者に怒りをぶつけることが認められた。そして治療者との間で要求,交渉,そして折り合いをつけることができるようになり,少しずつ2者関係を築くことが出来るようになっていった。治療者は,本人が要求できた時には常に評価を返し,自己評価が低下しないようにした。
このような生育歴を振り返る作業を通じて,本人は次第に今回のひきこもりの要因を幼少期からの連続性がある問題としてとらえることができるようになった。
本症例では本人から生育歴を振り返ることにより,現在のひきこもりに至る両親との関係から始まる連続性を確認することはできた。このように過去からの連続性を認識し,そのことを理解することで自らの問題に向き合うことができるようになったと考えられる。
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医療法人永朋会 理事長 加藤晃司