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「ひきこもりについて」③症例検討・まとめ

院長 丹羽 亮平 先生

名駅さこうメンタルクリニック
 院長 丹羽亮平

日本精神神経学会認定 精神科専門医
子どものこころ専門医
日本児童青年精神医学会 認定医
日本精神神経学会認定 精神科専門医制度指導医
厚生労働省 精神保健指定医
子どものこころ専門医機構 認定指導医

前回ブログの続きになります。

「ひきこもりについて」①https://meiekisakomentalclinic.com/blog/558/

 

「ひきこもりについて」②ケースカンファhttps://meiekisakomentalclinic.com/blog/556/

 

Ⅲ.本症例におけるひきこもりの検討

 

1.本邦における「ひきこもり」をめぐる議論

 

 本邦では類似した状態像として,スチューデントアパシー(Walters, 1961),退却神経症(笠原, 1973) 3)や重症型対人恐怖症4)が報告されてきた。そして1980年代になりDSM-Ⅲで社会恐怖,回避性人格障害,小児期または青年期の回避性障害といった診断分類が導入された。また,90年代に入って社会的ひきこもり(齋藤, 1998) 5)に関心が集まるようになった。

 

2.本症例の検討

 

 本症例の診断について上述したようにDSM-Ⅳ-TRで診断すると,社交不安障害をきっかけにひきこもるようになり,ひきこもりを続けるうちにうつ症状が増悪し,来院時には大うつ病性障害を合併していた。

 しかし,精神医学的診断はDSM-Ⅳ-TRやICD-10などの操作的診断だけでなく,従来診断で診断することができる。

 従来診断における病因論的分類は,その歴史的背景とともに精神病理的な理解のうえで非常に重要である6)。本邦における従来診断はドイツ精神医学の流れを汲んでおり,心因性,内因性,身体因性などといった基本的枠組みの中で議論されてきた。

 

 本邦では社交不安障害に類似し,同様の社会的状況に関連した精神病理性について対人恐怖症の疾患概念の中で論じられてきた。対人恐怖症は1920年代に森田により提唱され,病態発生を神経質理論で説明した。

 1960-1970年代は,より重症の対人恐怖に関する精神病理学研究が行われ,笠原により「重症対人恐怖」が報告された4)。また,笠原らによって対人恐怖症の診断基準が作成されている7)。

 本症例の病態を従来診断の視点から考察すると,本症例は対人恐怖症の診断基準を満たし,対人恐怖症といえる。

 しかし25年間もひきこもるほど対人恐怖の中核症状が重度ではなく,中核群の示す自己の身体的欠陥(視線,体臭など)は認められていない。

 また,その欠点が相手に不快感を与えたのは自分の態度などから明白であるという確信(加害関係妄想性)も認められていない。従来から加害・忌避関係妄想を伴う,いわゆる重症対人恐怖の患者には時に長期のひきこもりが観察されてきた。

 しかし,本症例のように対人恐怖の中核症状が重度ではないのに重症型以上にたやすく他者とのかかわりをたってひきこもり,治療に難渋する症例があり,中村らはこうした一群の患者を「回避・引きこもりを特徴とする対人恐怖症」として報告した8)。

 多くの症例では全般的なひきこもりを呈し,家族以外の対人接触はほとんど存在せずひきこもりの期間はしばしば数年間に及ぶといわれている。
 

 

 「回避・引きこもりを特徴とする対人恐怖症」の人格特徴は中村らにより報告されている。

 この人格特徴をみると,①古典的対人恐怖症や自己視線恐怖などの一部の重症型に見られる強力性は乏しい。 ②,③,④も認められている。⑤については,内心で自己の成熟を望みながら同時に変化を恐れ回避するという心性は認められている。

 また古典的対人恐怖症とは対照的に「かくあるべき」だという自我理想はあいまいであり,本症例では古典的対人恐怖症や自己視線恐怖などの一部の重症型に見られる強力性は乏しい。

 重症型は,自己の身体的欠陥のために周囲に害を及ぼし,不快な印象を与えるという確信を中核的な特徴とするため,本症例は重症型対人恐怖とは原則的に区別されると考えられる。

 

 さらに,DSM-Ⅳ-TRの診断と比較すると,本症例はDSM-Ⅳ-TRの診断では社交不安障害に該当する。しかし,上述したように対人恐怖症の診断基準にも該当し,重症例ではないため,「回避・引きこもりを特徴とする対人恐怖症」に近い病態であると考察した。このように,本症例は従来診断とDSM-Ⅳ-TR診断のどちらにもオーバーラップしており,病態を正確にとらえていくには両方の視点から多次元的に理解する必要があると考えられる。

 


3.ひきこもりの原因

 

 ひきこもりの原因として考えられることは患者本人の幼少期から認められる不安の強さ,性格傾向の弱力性などの気質的要因があることである。

 加えて,生育歴上に認められる両親との関係に起因する環境因子の影響から,思春期以降に対人恐怖を発症したことである。

 

 本症例では幼少期より本人から要求することが少なく,また両親も子どもの要求には敏感でなく対人交渉のトレーニングを行ってこなかった経過がある。

 本人は両親以外の他者との対人関係において自ら要求や主張をすることができず,そのためがまんすることが多くあきらめの連続があったと考えられる。そして,あきらめることが多いため自己評価が低下し,おのずと本人は自己主張をせず対人接触を避けひきこもるようになったと考えられる。

 さらには,大学受験の失敗がさらに自己評価を低下させている。このように,本人の気質的要素に加え,幼少期からの両親との関係に起因する他者と適切な対人関係を築けないことがひきこもりの準備因子としてすでに存在していたと考えられる。


 

 このため,今回のひきこもりにつながる環境因子が患者の生育歴上に存在していると考え,親子の情緒交流の再構築を通じて家族による患者への支持機能を強化し,ひきこもりを改善することを治療の目標とした。

 しかし,母親への治療に関しては高齢ということもあり母親を変化させることは難しく,ひきこもりの原因のひとつと考えられる家族の支持機能を強化することはできなかった。そして,結果的には本人の精神症状は改善したものの,外来治療は中断されてしまった。
 

 

 斎藤らは,引きこもりの評価・支援に関するガイドラインにおいて,ひきこもりの支援には背景にある精神障害に対する治療だけではなく,地域連携ネットワークによる支援が必要であると報告している9)。

 具体的には,教育機関,保健機関,児童福祉機関,福祉機関,医療機関,NPO団体などの複数の専門機関による多面的なアプローチが重要である。

 それは,ひきこもり支援を行う時に,ある一つの期間だけではその支援が完結しないことがたびたびあるからであり,本症例も医療機関による精神障害の治療だけでなく,様々な社会資源を利用しつつ当事者の社会復帰と家族の立ち直りを目指した支援を行う必要があったと考えられる。

 

まとめ
 

 ひきこもりは統合失調症,気分障害,不安障害,広汎性発達障害,パーソナリティ障害,精神遅滞などの多様な精神医学的背景によって生じる状態像である。 今回我々は対人恐怖症の特徴を有した社会不安障害によるひきこもりを経験した。

 ひきこもりは対人恐怖症を越えて幅広く認められる行動パターンである。 現在ひきこもりを示しやすい青年たちが広く存在し,その中の一群が対人恐怖症的表現型をとると考える。

 ひきこもりケースの中には精神科治療や,的確な診断を必要とする場合がある。 長期間のひきこもりのケースでも薬物療法が奏功し,ひきこもりが改善する場合もある。

 

 また,患者本人から生育歴を振り返り,ひきこもりに至った不適切な対人関係の形成過程を浮き彫りにしていくことも必要である。

 さらに,患者本人への治療だけでは不十分であり,ひきこもりを防ぐには家族の支持機能の強化は不可欠である。 また本症例では行われなかった,地域における複数の専門機関による多面的な支援が必要であると考えられる。

 このようにひきこもりの治療には様々な要因を考慮に入れた包括的な介入が必要である。つまり,ひきこもりは多様な精神医学的背景を有する現象であり,その治療・援助方針について画一的に論じることは不適切であり,個々のひきこもりケースの精神病理学的背景に応じた支援・治療が必要であると考えられる。

 

 
 

 

医療法人永朋会 理事長 加藤晃司