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小児統合失調症に対する薬物療法の考え方について

院長 丹羽 亮平 先生

名駅さこうメンタルクリニック
 院長 丹羽亮平

日本精神神経学会認定 精神科専門医
子どものこころ専門医
日本児童青年精神医学会 認定医
日本精神神経学会認定 精神科専門医制度指導医
厚生労働省 精神保健指定医
子どものこころ専門医機構 認定指導医

今回は、「小児統合失調症に対する薬物療法の考え方について」です。

 

統合失調症に限らず薬剤はエビデンス通りの順番で使用するべきですが、効果、副作用については実際に使ってみなければ分からなくて当たり前です。患者さん一人一人あらゆる条件が異なりますから、必ず効果がある薬や副作用がない薬はありません。どの内服にも必ず副作用がある以上は、使う限りはメリットがデメリットを上回っている必要があります。薬剤を使用開始する時期についても、まだ児童精神科領域でコンセンサスが得られているとは言えません。DSMでの診断基準を満たしているのが確実だとは思いますが、現状の診断基準を満たすには幻覚、妄想が出現している必要があります。しかし思春期で発症する場合、幻覚、妄想は顕著ではなく、漠然とした不安・恐怖、自我漏洩症状、のみ認められているケースが少なからずあります。例えば被害妄想というよりは、被害関係念慮程度でとまっている場合もあります。このような場合に薬物療法を開始する方がいいのか、そうでないのか、統合失調症の早期介入についての研究は進んできていますが、まだ結論はでていません。統合失調症という疾患自体も確実な診断基準というより、統合失調症スペクトラム障害のようにとらえた方が臨床的にはずれが少ないように思います。つまり現行おDSMの診断基準の枠の中に入ったとしても、それは単一疾患ではなく、いくつか本質的な病態が異なる疾患が混じっている可能性があると考えた方がいいのだろうと私は考えています。いずれ医学が今より進歩してくれば、現行の統合失調症の診断基準はさらに細分化されていくはずです。それは統合失調症だけでなく、精神科のあらゆる疾患は医学的に単一疾患でいいかどうかの結論が出ていない疾患ばかりです。発達障害にしても、自閉症スペクトラム障害のように連続性のある疾患としてとらえる方向にいっており、診断名にもスペクトラムという表現が入っています。

 

早期介入が予後を必ず改善させるわけではない以上、あまり早い時期に薬物を開始すると、ほんとは発症しなかった人に薬剤を長期投与してしまう可能性あり、それはリスクの方が大きくなってしまいます。統合失調症の薬物療法は中断できるケースもありますが、再発を繰り返した時に少しずつ全般的な機能が低下していく可能性があるため、治療する側、される側双方が中断に対して消極的になる傾向にあります。もちろん治療開始時期が必ずDSMの診断基準をすべて満たすこととあまりに固執すれば統合失調症の進行が進み、予後を悪化させてしまう可能性もあります。このあたりの判断はDSMでの横断的な診断だけで判断することは難しく、病態水準を踏まえて総合的に判断する必要があります。病態水準とはどの精神疾患であっても病気の本質的な程度は違うことを意味しています。例えば、DSMの診断基準ではうつ病の診断基準を満たしていても、それぞれの病態水準、つまり精神的な具合の悪さは異なっています。これを見極める力が精神科には必要です。診断の深さだけでなく、その後の治療にも関わってくるからです。

それは各担当医師の力量にかかってくる部分でもあります。DSM上は同じ統合失調症の診断を満たしている状態であっても、生育歴を聴取し病態を縦断的にも分析することで、病態水準を判断することができるはずです。そして生育歴を振り返る作業自体が非常に治療的な意味合いを持ちます。

 

少し話はそれましたが、統合失調症の薬物療法の開始時期について断定的なことは言えませんが、自我漏洩症状(思考障害など)がでた時点での薬物療法開始がもっとも早い薬物療法のタイミングでのスタートとなるのではないかと考えています。このあたりは児童精神科の研究会や学会でもよく話題にでますが、統合失調症の中核症状の一つである自我漏洩症状がでたタイミングで薬物療法を考慮すると考えている先生が多いように思います。

 

もちろんあらゆる精神疾患の治療は①DSMに基づく横断的診断エビデンスに基づく薬物療法、従来診断病態水準に基づいた精神療法、この二つがダブルスタンダードとなります。の比重の問題は各ケース異なると思いますが、基本的にはどちらか一方のみでやるのは精神科診療においては不十分な治療となってしまう可能性が高いです。治療的アプローチとしては結果的に薬で良くなったように見えても、アセスメントの段階では両方の視点で行う必要があり、診断と見立てをつけなくてはいけません。それに薬一つとっても、誰が、どのタイミング、どのような関係性の中で、どのような言い方で処方したのかによって治療効果は変わってきます。それが精神科医療の面白いところでもあるのではないかと個人的には考えています。実際になんらかの薬剤を保険適応にするための臨床試験でも、身体治療の薬と比較するとプラセボの有効性が高いのが精神科疾患の特徴だと思います。もちろん市販される薬は、それでも実薬と、プラセボの有効性に統計学的に優位な差があるため保険が認められるので薬自体の効果はもちろん科学的根拠があります。

つまり①のようなDSMに基づく薬物療法についてはエビデンスどおりの使用、つまり国内では保険適応となっている薬剤から順次使用していくことになるでしょう。なぜならば、同じ種類の向精神薬でも、保険適応となっている病名は異なるからです。精神科は保険適応となっていない薬剤を第一選択薬として使っているケースを少なからず目にすることがあります。これは科学的根拠の低い薬剤からの使用となるため、なんらか特別な理由がない限りは行うべきではないと考えます。薬物療法は統合失調症に限らず原則はエビデンスどおりに使用する必要がありますが、もちろん一人一人の患者さんの気質、病態は異なりますので、エビデンスを踏まえつつ、最適な治療を提案するためには①、②両方のスキルだと思います。

 

当法人では小児統合失調症の診断と治療が可能です。

小児期の統合失調症は鑑別が難しいため、強迫症状やうつ症状、不安症状を前駆症状としてはじまっている場合、異なる診断がついてしまっている可能性もあります。なんらかの診断がついているがなかなかよくならない場合、あらゆる疾患を再度考慮する必要があると思います。

 

医療法人永朋会 理事長 加藤晃司

専門:児童精神科(日本精神神経学会専門医、日本児童青年期精神医学会認定医、子どものこころ専門医)